3人が本棚に入れています
本棚に追加
彼は名を『時雨』と名乗った。
表情も体の動きも、少しだけぎこちない所を除けば人とそう変わらない。
そんな時雨さんが何故こんな所にいるんだろう。あのお客さんとの関係は何だろう。疑問が多すぎて、何から聞けばいいのか戸惑ってしまう。
時雨さんは言葉に詰る私を見上げると、「座ってください」と自分の隣を指さした。
そこは先程まで私が寝かされていた場所だ。怪我をしないよう気遣ってくれたんだろうか、その場所だけは小石も枝もなく、柔らかい枯れ葉が積まれている。
私が促されるまま隣に座ると、時雨さんは体から生えるヤドリギを見下ろして話し始めた。
「まずは彼女についてお話しましょう……昨夜、貴方達のお店を訪れた者は、このヤドリギが長じてアヤカシとなったものです。ああして人の形を取り、最近では会話もできるようになりました」
「そうなんですか……それで、ヤドリギさんはどうしてこんな事を?」
私を攫って効果があるとはあまり思えないけれど、どうしても叶えたい願いがあるんだろう。
問いかけると、時雨さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「小春さんを巻き込んでしまい申し訳ない、全ては私のせいです。彼女は私を解放する為に貴方を攫ったのでしょう」
「解放するため?」
「ええ……私は特別な力を持った人間によって作られました。こうして人のように話し、人のように動ける……いえ、それ以上の身体能力を持っていました」
時雨さんは軋む手を握ると、遠い目で空を見上げた。
「人形師である主は、己の技を駆使して作り上げた私達を我が子のように可愛がってくれました。何か特別な事をさせる訳でもなく、ただ共に暮らし、笑い合い……穏やかな時間を重ねる日々が続いた……思えば、あの頃が一番幸せだったのかもしれない」
彼は「私達」といった。つまり、同じ人形が……兄弟のような存在がいたんだろう。
優しい声と穏やかな瞳に、その記憶が時雨さんにとってどれだけ大切だったのかが分かる。
けれどそれは遠い過去のものなんだろう。悲しいけれど、時雨さんの今の状態を見れば想像がついてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!