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コートに立ったとき、一瞬だけ彼の瞳が2階の応援席に向けられた。
小柄な体系を活かした機敏な動きと、コートに立つどの長身の選手よりも高く飛ぶことができる、並外れた跳躍力。
コートに立った「小さな巨人」は、相手の弊害を綺麗に避けながら、ボールを何度もゴールに向けて打っていく。
試合開始当初は背の低さに油断していた相手チームも、次第に彼の元に集められるボールを取ることに必死になっていた。
そして、第4ピリオドの30秒前。
3ポイントのラインから打ったボールは、どんな大きな選手も超え、吸い込まれるように8度目のゴールに入っていった。
試合は香唄高校の圧勝。
反省会と打ち上げにチームが向かう中、走ってあたしのもとに来た翔。
体育館の外に出たことで、砂とまじりあった汗っぽい匂いが風に乗るも、不思議なことに嫌な気はまったく起こらず、あたしの鼻孔をくすぐったようにも思えた。
なんとも言えない顔をして「はい、った、けど…」と恥ずかしそうに目を伏せてしまった彼をひどく愛しく思えてしまったことも、いまだに瞼の奥で焼き付くように残像として残っている。
「幸せ」に触れた瞬間がこれなのだと確実に思えたのは、18歳のあの頃だった。
あの頃はすべてが輝いて見えた。
例えば、2人で夕暮れの中歩いた道も。
例えば、その横を通り過ぎていくお豆腐屋さんの笛の音も。
例えば、突然降ってきたゲリラ豪雨さえも。
ただのケンカですら、痛みさえ感じず、愛おしささえ芽生えた。
青春というフィルターは、セピア色の中で唯一輝く宝物だった。
―――だからだろうか。
今年28歳になったあたしには、あの頃のような輝きもなければ、勢いもない。
恋愛に臆病になったといえば聞こえはいいのだろうが、実際はただ輝く10年前の過去に囚われているだけなのだ。
今となっては、夕暮れの中歩く道はただの道だし、通り過ぎるお豆腐屋さんの笛の音を聞いても時計代わりだし、突然降ってきたゲリラ豪雨なんて肌をべたつかせるただの苛立ちを募らせるものでしかない。
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