婚前の恋人たち

4/5
前へ
/78ページ
次へ
今こうやって彼女たちを優しい目で見られるのは、年という経験を重ねたからだろう。 だからといって、彼女たちを馬鹿にしたりはしない。 あたしも中学生の時はお気に入りの先生と話したくて、よく職員室に出向いたのだから。 まぁ、それでも思うことは 「夢は夢だよ」 「夢?」 不意に吐露した言葉に、買い物かごを持つ泰西は首を傾げた。 「ねぇ、泰西、生徒たちはかわいい?」 「なに、急に。まあ、可愛いよ、最近の話題についていくのは大変だけど」 「泰西でもついていけないことあるんだ?」 「あるある。去年受け持った女子生徒が少女漫画読んでたんだけど、どこがいいんだこの男の!? って思うくらい不思議なヒーローでさ。「俺コイツの魅力よくわかんないわー」って言ったら「うそでしょー!?」って。わかんねーよ、知らねーよー。大体女と男の思考回路は違うんだよ」 ツンっと唇を尖らせて、年に似合わず不貞腐れる泰西。 「ねー、不貞腐れないでよ、もう30でしょ?」 「俺も人間だからね、30を超えても、腹立つときは腹たつし、理想に近づけなくて嘆くこともある」 「そうなんだ。生徒たちは泰西を慕うばかりだと思ってた」 「慕われるのは嬉しいけどね」 「実は泣き虫で寂しがり屋とか知ったら生徒たちは幻滅するのかな?」 「…遥音」 レジでお金を払っているあたしの後ろを通り過ぎて、カゴを台に移した泰西は、慣れた様子でバックの中に食材を詰めていく。 一緒に袋に詰めていると、光に反射したガラスの向こうにいる、暗闇の中の自分の姿をつと見据える泰西。 そして、小さく息を吐いた。
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加