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「晴彦」
俺に気づくことなく素通りしようとした奴を、トイレの出入り口で呼び止めた。
伺うようにこちらに顔を向け、声の主が俺だと分かると目を大きく見開いた。
「たか、し…」
「久しぶり」
努めて自然に振舞った。別に喧嘩別れしたわけじゃないんだ。
少し話しにくそうに愛想笑いする晴彦だったが、俺が高校の頃と変わりなく話そうと
するので調子を思い出すように言葉を続けた。
「偶然じゃん。こんなとこで会うなんて」
「それは、こっちのセリフだよ。お前、東京の大学進学したんじゃないのかよ」
「え、誰がそんなこと言ったんだ」
「いや別に。晴彦、頭良かったし」
「地元の大学に気になる教授がいて、そのゼミ受けたくてそれで…」
「なぁ、久々だし色々話したいから別のところで飲み直さね」
「あ、うん。いいよ」
「じゃあ、外で待ってる」
色々話したいなんてとっさに出てきた嘘だった。
話したいことなんて、きっとさほどない。
開き直って、店の外へと向かった。
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