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ささやかで、いとしいもの
ぼくには個体としての名前はない。
モノの種類としては、“キャンドル”と呼ばれている。
ぼくの役目は、ささやかな明かりを灯すこと。
たった一度、ぼくの体と命を燃やして。
モノであるぼくが生を実感できるのは、おそらくその一度きりの数時間だけなのだ。
ああ、ぼくの持ち主が、いよいよ火をかざしてくる。
ぼくを殺すもの。けれど、唯一ぼくを生かすもの。
こわい。
うれしい。
せつない。
いとしい。
様々な感情でいっぱいになったぼくに、ついにその火が灯された。
暗い部屋に、ゆらゆらと炎が揺れている。
揺らめきの数だけどんどん小さくなっていく、ぼくの命。
「良かった、使ってないキャンドルがまだ残ってて。急に停電して困ってたんだ」
「こういうとき、明かりがあるって、ホッとするね」
ぼくが溶けていく。ぼくがなくなっていく。
それでも、今、持ち主が笑っている。
命を燃やすことで得た対価としては、充分じゃないか。
もう体はほとんど残っていない。
だけどぼくには、確かに生の喜びがあった。
──どうか、ぼくが燃え尽きるその瞬間まで、あなたにぬくもりを届けられますように。
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