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1年ほど経ち、夢湯治の仕事の大方を覚えた源治は、ある日亭主に呼ばれた。
なんだろう?と思いながら、亭主のいる奥座敷へと出向いた。
「源治さんがこの土地に来て、ちょうど1年になる。
もう仕事の方はかなりできるようになってきたね。
少ないけど、これは1年分のお手当だ」
亭主は1つの封筒を目の前に差し出した。
源治は固まっていた。そして拒んだ。
自分にこれをもらう権利はない。
浮浪者同然の自分を、まともな人間に育ててくれたのは亭主だ。
まだまだ自分は亭主の恩義に応えられていない…。
悪い頭を回転させながら、いろいろと御託を並べたが、亭主はにこにこしたまま、源治の言うことを聞いて、そして言った。
「源治さんがそこまで夢湯治のことを想ってくれているのは、重々わかったし、とても感謝している。
でもあんたはまだ若い。
これからの人生、自分の力で自立してしっかり生きていける力をつけること、それが私の役目だし、将来の夢湯治のためにもなるんだよ。
だからこれからは居候ではなく、列記とした夢湯治の社員として、ここに働きにきておくれ」
亭主は源治の断りを受け入れなかった。
亭主の深い愛情を芯に感じて、源治は涙を流しながらその封筒を受け取った。
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