半 生②

4/12
前へ
/112ページ
次へ
 1年ほど経ち、夢湯治の仕事の大方を覚えた源治は、ある日亭主に呼ばれた。  なんだろう?と思いながら、亭主のいる奥座敷へと出向いた。 「源治さんがこの土地に来て、ちょうど1年になる。  もう仕事の方はかなりできるようになってきたね。  少ないけど、これは1年分のお手当だ」  亭主は1つの封筒を目の前に差し出した。  源治は固まっていた。そして拒んだ。  自分にこれをもらう権利はない。  浮浪者同然の自分を、まともな人間に育ててくれたのは亭主だ。  まだまだ自分は亭主の恩義に応えられていない…。  悪い頭を回転させながら、いろいろと御託を並べたが、亭主はにこにこしたまま、源治の言うことを聞いて、そして言った。 「源治さんがそこまで夢湯治のことを想ってくれているのは、重々わかったし、とても感謝している。  でもあんたはまだ若い。  これからの人生、自分の力で自立してしっかり生きていける力をつけること、それが私の役目だし、将来の夢湯治のためにもなるんだよ。  だからこれからは居候ではなく、列記とした夢湯治の社員として、ここに働きにきておくれ」    亭主は源治の断りを受け入れなかった。  亭主の深い愛情を芯に感じて、源治は涙を流しながらその封筒を受け取った。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加