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決心に至った理由
「随分、涼に懐かれているようだな」
少しだけ穏やかな表情になった正が司に向かって再び口を開いた。
「色々失敗ばかりで迷惑をかけていますが、それでも僕のことを慕ってくれています。とても良いお孫さんですね」
司は滑らかな口調でそう答えた。頭の中には三塁側スタンドでキョロキョロと周囲を伺いながらイーグルスを応援したときのばつの悪さや、キャンプのときに失敗したカレーライスの食感が鮮明に思い出されていた。
「それにしても君はどうして美由紀と結婚まで考えて付き合っているんだね?わざわざ年も離れて離婚歴もあり、子供までいる女を選ばずとも……」
正がそう言ったところで司は首を横に振った。
「いえ。私はそれでも、いや、それだからこそ美由紀さんと一緒になりたいんです」
「それは、どうしてだ?」
「涼君は僕のことをとーちゃんと呼んでくれています。東条司だから、とーちゃんだって。でも僕は、涼君にとっての本物のとーちゃんになりたいんです」
涼は正の顔に視線を真正面からぶつけた。
「それは何故だ?」
正が問いかけると、司は一度深呼吸をして再び言葉を紡ぎ始めた。
「涼君、父の日の参観日に正さんの似顔絵を描いたそうですね」
「そうだ。涼には父親がいないからな」
「僕も父の日に祖父の絵を描いたことがあるんです」
「そうなのか?」
司は深く頷くと、再び口を開く。
「僕も涼君と同じく、物心ついたときからシングルマザーのもとで育てられたんです。朝から晩まで仕事に出て家に戻ったら夜遅くまで家事に追われる毎日。それでも僕のことを寂しがらせないように授業参観も運動会も皆勤でした。女手一つで私を大学までやるのはさぞかし大変だったでしょう。それに対する感謝の気持ちに嘘も偽りもありません」
「それと君の気持ちと、どういう関係があるんだ?」
正は司にそう問いかけた。
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