刻の匣庭

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 女がどういう理由で倒れているのかはわからない。けれど、それが事故であれ事件であれ、これはローリスクで殺戮が行えるまたとない機会だ。たまたま通りすがった人間が犯す殺人ほど、警察の捜査が難航する事件はないのだから。相手が女だというのも私に味方している。適当に服を切り刻んで性器をズタズタにしてやるだけで、変質者の男性の犯行に仕立て上げられる。その上で死体を埋めてやれば完璧だろう。なにせこんな山奥だ。埋めてしまえば、そもそも見つからないという幸運にも期待できる。捜査をかく乱する方法が次々と頭に浮かんでいく。  人でなしである私は、倒れ伏す女性を見てそんなことしか考えなかったのである。  唯一の問題は……すでに女が死んでいる可能性だった。  私は生き物を殺したいけれど、死体をどうこうする趣味はない。死んでいると判明すれば、即座に興味を失うだろう。かと言って、放置するわけにもいかない。他の人間に見つかれば、事件が顕在化して、しばらくこの山には立ち入れなくなる。それは私のライフワークを禁じられることに等しい。アレが死体であったら、私は面白くもなんともない死に物の隠匿に奔走させられることになるのだ。  どうか無事でいてほしい。  心の底からそう願って、私は彼女の下に歩を進めた。    結論から言って、残念なことに彼女は死んでいた。  黒いドレスに白い肌。抱き上げると、肩まで伸びた黒髪がさらりと揺れた。  生きているのなら上下するはずの胸元は静止したままだし、なにより肌が氷のように冷たい。腐敗の様子は見受けられないから、死んだのは一日以内のことだろうが……。私は歯噛みした。あと一日早くここに来れていたのなら。  けれど、悔しく思う一方で、私はこの死体に不思議な魅力を感じていた。  彼女は美しかった。     
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