刻の匣庭

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 獣道を進んでいくと、固い草木が私の太腿に触れる。空気も乾燥しているし、タイツを穿いてきていなかったら足が切傷だらけになってしまっているだろう。  私は歩を進める。何食わぬ顔で、通い慣れた道のように、草をかき分ける。  ――けれど、この山にこんな道は存在しないはずだった。  ここはそう大きな山ではなく、そしてもう何年も私はここに通っている。この山の道なき道の全てを、私は知り尽くしたつもりでいる。けれど、今歩いているこの道は知らない。もちろん、あちこちに似たような風景が広がっているから、私の勘違いという可能性も全く否定できないわけではないのだが、極めて考えにくいことだった。  注意深く周囲を観察しながら進むと、やがて開けた場所に出た。そして、面食らった。   ……屋敷だ。  大きな西洋風の屋敷が建っていた。その周辺だけまるで聖域のように木々が存在しない。冬だというのに青々とした草原が広がっているのである。  おかしい。こんな場所があったら、私が知らないはずがない。最近できたというのなら話は別だが、だとしても建設途中のそれに出くわすはずだ。     
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