刻の匣庭

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 館に近付いてみると、くすみや絡みつく蔓から、相当年季の入った建物だということがわかった。混乱は深まるばかりだった。生まれたばかりのはずのそれは、けれど、まるで何十年も前からここにいるような顔で鎮座しているのだから。  気味悪さを感じながらも、けれど観察のために館の周りを歩き出した。  そうして、人が倒れているのを発見した。  ゆったりとした黒いドレスを着ていたから、遠目からでも女性であることがわかった。彼女を見つけた私の胸に湧きあがったのは高揚だった。人間であれば、最初に浮かぶのは焦りの類の感情なのかもしれない。助けなきゃとか、大丈夫なのかとか……。けれど、人間失格である私には真逆の発想しか浮かばない。  ――人を殺せるかもしれない。   ここは山奥で、女が倒れていて、それは私のせいではなくて。  私はこういう状況を今日まで何度も夢見てきた。     
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