刻の匣庭

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刻の匣庭

 ベランダの柵が腐っていたのだ。  築六十年近くになるから、仕方のないことだった。頑健な顔をした木製の支柱達だったが、実際は白アリに中身を食われてとっくに見掛け倒しになっていたのだろう。 だから、彼らの上っ面を信じてうっかり柵に身を預けてしまった私がそこから落ちたことも仕方がない。クッキーが割れるような軽快な音ともに、柵は崩壊してしまった。 一瞬だけ私を包み込んだ浮遊感。すぐに無慈悲な圧力に変わって、私の体を十メートルほど下の地面にたたきつけた。  折れてはいけないものが折れる音と、砕けてはならないものが砕ける音。それらが同時に私の体の中から聞こえた。私の体もまたクッキーのようにもろかった。  ――どくん、どくん、どくん。  それでも辛うじて、まだ心臓は動いている。  どこか調子の悪そうな心音を子守歌に、私の意識は白い闇に沈殿していったのだった。  生まれた時から腐っていたのだ。  私、嘉新凜(かあらりん)という人間は、人間という種族に生まれながら、人間として生きていくのにはあまりに致命的な欠陥を抱えている。  即ち殺戮嗜好である。     
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