偽りの記憶と本物の涙

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偽りの記憶と本物の涙

 背中を丸めて歩く男がいる。  男は生まれてからずっと、女性と付き合ったことがなかった。学生時代も社会人になってからも、異性との思い出は常に空っぽだった。  三十四歳を超え、男は思った。人生はあと半分しか残っていない。ときめきが無いまま、俺は一生を終えるのだろうか。焦りと不安が男の胸を、日夜(にちや)()め付けていた。  男は人生のパートナーを見つけようと思い立った。  あの手この手で女性と会った。お金を払い、飛行機に乗り、時に飲めないお酒を飲んだ。  しかし、いざ女性を目の前にすると、臆病(おくびょう)さが全面に出てしまった。どうしても一歩踏み出す勇気が出ない。どんな言葉をかけたらいいかは分かっている。頭の中で練習もした。でも行動に移せない。世間の男が普通にできていることが、男にはできなかった。  男はそれまで、恋に背を向けた生き方をしてきた。好きになる前に自分から諦めてしまう人生を送っていた。男は失うことを恐れていた。初めから持っていなければ、失う心配はない。そう考えて生きてきた。その後ろ向きな選択の積み重ねが、男から自信と勇気を奪っていた。     
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