偽りの記憶と本物の涙

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 旅行の計画を立てるのとは違う。旅にはトラブルが付きものだ。天気予報が外れて雨が降った。うっかり忘れ物をした。イライラする交通渋滞に巻き込まれた。いろいろある。でもこれから作る記憶からは、それら不快なものを全て消し去ることができる。完璧な思い出を作ることができる。  どうせお金を払うのだ。いちから作る記憶なのだ。世界で一番(まぶ)しい思い出を作りあげよう。男はそう思った。  男は理想の全てを映した女性を頭に思い描いた。  アーモンドのような、ぱっちりとした目。サラサラした長い髪。しなやかでハリのある体。  見た目だけではない。彼女の性格にも、ありったけの想いを凝縮(ぎょうしゅく)させた。心の(しん)から癒される(にご)りの無い純粋な笑顔。自分を気遣(きづか)い、支えてくれる優しさ。熱中する趣味ももちろん一緒だ。  彼女と過ごした日々も、ダイヤモンドよりキラキラしたものにしよう。  男は問診票を五十枚使い、バラ色の思い出を(つづ)った。  記憶を作ってくれる担当者にも熱く語った。その担当者はにこやかに男の話にうなずいた。そしてこう言った。 「記憶を作ることはできます。でも消すことはできませんよ」  一週間後、男は記憶を手に入れた。夢の彼女と過ごした、甘く濃密(のうみつ)な三年間の思い出。  記憶を手に入れた帰り道、男の足取りは軽かった。     
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