0人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は素晴らしい女性と付き合ったことがある男だ。どうだすごいだろう。通り過ぎる他の男たちが小さく見えた。道行く全ての人々に自慢話をしたくなった。
しかし三日後、男は苦しんだ。自分の思い出に。
どんな女性を目にしても、記憶の中の彼女には遠く及ばないと気付く。欠点ばかりに目がいってしまう。好きになる前に背を向けてしまう。
今までと変わらないじゃないか。
そればかりか、キラキラした思い出が男の心を刺した。電車でつり革をつかんでいる時、一日の終わりに布団に入った時。ふと目を閉じると、彼女のことばかり浮かび上がってきてしまう。抱きしめたぬくもり。かけてもらった優しい言葉。
もう一度、ただ一度だけでいい。彼女にまた、会いたい。
でもそれは無理な願いだった。記憶の中の彼女は作られたもの。名前はあるが住所は無い。思い出はあるが電話番号は無い。
彼女は二度と会う事のできない星より遠い存在。それを一番分かっているのは自分なのに。
クローゼットの中身を全部出しても、ゴミ箱を目茶苦茶にひっくり返しても、彼女はどこにもいなかった。
男は痩せ、背中はますます丸くなった。
男は気付いた。
彼女と別れた思い出が無いのがいけないのだと。
思い出を何度再生しても、最後はいつもぼんやりとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!