偽りの記憶と本物の涙

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 デートの最中に彼女がみせた物憂(ものう)げな表情。余命の告白。最後まで寄り添い続けると心に決めた。病院の静かな夜。最後の三日間は話をすることができなかった。  痩せ細った指を握り、彼女の命が薄くなっていく感触を確かめることしかできなかった日々。  もっと一緒に過ごしたかった。出かけたい場所もあった。もっと笑顔にしてあげたかった。なんでだ。神様、不公平じゃないか。どうして俺のような人間でなく、彼女を選んだんだ。こんなにいい子の未来をなぜ奪うんだ。  一ヶ月かけ、問診票を百枚使い、男は書き終えた。  そして、男は震える手で別れを掴んだ。彼女は遠い遠い星になった。  男はまた背中を丸めて歩いていた。  手に入れた彼女との別れが男の心を重く重く押しつぶしていた。  (つぶ)れた心のひび割れから、涙が溢れて止まらない。いっそ死んでしまいたい。男が初めて経験する愛する異性を失った悲しみだった。  作り物だと分かっているのにどうして。  背負いきれない重み。いっそのこと彼女のことを嫌いになってしまいたい。男はそう考えた。  男は再び記憶を売ってくれる会社の前で立ち止まった。     
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