始業式

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 「フー、フーー、名簿は確認したし配布物は持った。今日連絡しないといけない事はメモしたし、自己紹介の挨拶も練習したし、あとあと…」 緊張で手が震えているのかどうも落ち着かない。深呼吸も手のひらに人の字を書いても、こんな時には役に立たない。世の中のお偉い学者たちよ、もっといい心臓安定処置を教えてくれ。あんたたちのせいでここに死人が出るぞ?いや、こんなことを考えられるくらいには落ち着いてるのか?なんでもいいからこの心臓の音をだれか止めてくれ。  「笑顔じゃないですか、赤石センセイ?」  後ろから声を掛けられ振り返ると、そこにはいつもの屈託のない笑顔で微笑みかけてくれる僕の救世主ともいえるお方がいた。  「竹花先輩…、何ですか急に。先生呼びとかするからびっくりしたじゃないですか」  「いやいや、今日からここで先生をするんだから慣れておかないとダメなんじゃない?それに、赤石くんって呼んでたら一気に学生たちの話題にされちゃうよ~。」 人差し指手でちっちっちと、まるで子供でも相手にしているかのような態度で僕にこう言った。  「高校生はね、恋愛とかスキャンダルとかに目がないの。カッコイイ生徒とか、きれいな生徒が誰かと付き合い始めたー、あの先生たちもしかして付き合ってる!とか。そういう話題は大好物なの、おかずなの、デザートなの!さらにいえば彼女たちは自分の面白い方向にデコレーションして事実とか覆い隠しちゃうくらいクリームを塗りたくって、しつこくなったらポイっしちゃうんだから」  「なんですかその超ワガマママリーアントワネットは、まだマリーのほうが謙虚に見えてきますよ」 そんな談笑をしていると8:50分を知らせる鐘の音が聞こえる。この音はいつどこで聞いても変わらない。席を立つと荷物を持つ手の震えが消えていることに気がついた。まさか、と思って先輩のほうを見たが彼女は自分の教室へさっさと移動していた。 (先輩のことだし、きっと無意識なんだろう) ほんとにかなわない、あの人こそ教師って職業の鏡なんだろうな。学生時代、何度あの人のやさしさに救われただろう。そばにいるだけで暖かくて、それを無自覚で人に振りまいていく。きっと一生努力しても彼女のような人間には手が届かないと思う。それでも”ここ”を目指そうと思ったのは…
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