一章

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朝起きると、必ず壁に掛けている蒲公英(たんぽぽ)色のカーディガンを見てしまう。三年前に別れた彼女が残していった、冬に着るにしてはやや明るい色合いのカーディガンだ。 顔を洗って歯磨きをしていると、スマホが機械的な着信音を奏で始める。面倒臭くて歯ブラシを咥えたまま電話に出た。 「もしもし」 「山吹くん、今日一時間前倒しで来れる? モデルさんの都合が変わったらしくて」 マネージャーの気遣わしげな声。銀行にお金を下ろしにいく予定だったが、仕方ない。 「大丈夫です」 マネージャーの安堵の息が聞こえた。 「ありがとう、助かる。じゃあ、11時に、現場で」 電話を切ってうがいをする為洗面所に戻る。 ジーパンを履いてジャケットを羽織り、ギターを手にして玄関を出た。 マスクくらいしたら? と言われることもあるが、鬱陶しくて嫌いだ。しかも、そのまま歩いてて声なんて掛けられたこともない。オーラ、無いのかな。
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