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「どうしたの?」
さらりと髪を揺らして首を傾げる一ノ瀬はこの状況を面白がっているようにも見えて、俺の不安が募る。
「話がある。」
「なに?」
「…ここじゃできない。ついてこい。」
俺になにをされるかもわからないっていうのに一ノ瀬は俺の後ろをノコノコとついてきた。俺が向かったのは西の校舎。今の時間だったら誰もいないはずだ。来たことはなかったが、こういう誰にも聞かれたくない話をするにはもってこいだ。
「で?話ってなに?」
一ノ瀬は腕を組んで右肩を壁に預けている。無表情でこんな状況でも余裕なようだ。俺を目の前に怖がっていないみたいだし、昔の俺を知っているからか?
「単刀直入に言う。中学のことは誰にも言うな。」
俺は至って真剣に一ノ瀬の目を見て話した。すると一ノ瀬は俯き、髪がさらりと落ちてその表情を隠してしまった。しかし唇は弧を描き笑っていて、この場に釣り合わないその口元に目を離せないでいた。
「へぇ。面白いこと言うね、君。」
「あ゛?」
「そんなに昔のことが知られたくないんだ?」
俺はいじめられることから逃げてここへ来た。知られたくないのは当たり前だ。
「だったら条件がある。」
「……なんだよ」
俯いていた一ノ瀬が顔を上げて俺を視界に捕らえた。俺は途端に弱腰になるが、それを相手に見せないように強気な態度で眉間に皺を寄せる。
「僕の言うことを何でもきいてくれるなら、秘密にしておいてあげてもいいよ。」
ラブコメか!と突っ込みたくなるようなその条件に俺がしばらく硬直していたのは言うまでもないだろう。
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