偽不良くんと体育祭

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「だから出るなって言ったのに」 頭にかけられたものを触ってみると恐らくジャージで、あの時と同じ品の良い香りがした。呆れたように呟かれたその声もよく知っている声だ。 「いちのせ…??」 俺は覆いかぶさっているジャージを掴んで隙間からそろりと周りを覗いた。すると、俺の予想通り少し怒ったような表情の一ノ瀬が立っていた。さっきまで騎士の格好をしていたのにいつの間に体操着に着替えたのだろう。 俺1人でも注目を浴びていたのに生徒会役員である一ノ瀬が乱入したものだから、外野たちはかなり騒ぎ立てている。 「……きて」 一ノ瀬は俺の腕を掴んで歩きだし、俺は慣れない靴で足がおぼつきながらもそれについて行くしかなかった。 「でもっ、俺まだゴールしてなくて…っ!」 「そのみっともない顔、まだ他の奴等に見せるつもり?」 そう言われて初めて誤魔化せていなかったことに気付く。しかしここで棄権してしまえば、羞恥に耐えながらこんな姿ででてきた意味がなくなってしまう。 「だって…これは勝負で……」 「もう、いいから。」 その言葉は突き放すような言い方ではなく、「もう頑張らなくていいから」と言われているようで、スッと胸の中に入ってきた。どこに連れて行かれるのかもわからなかったが、俺は俯きながら素直に従いついて行った。
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