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夏休み明け、何か変わるかと思っていたが事態はなにも変わってはいなかった。クラスメイトは僕を避け、あの4人組にもこき使われて、暴力も振るわれる毎日だ。
「ねぇ、数学のノート出した?」
「………。」
「なに、無視?」
「へっ、ぼ、僕!?」
授業と授業の間の休み時間、珍しく僕に話しかけてきた生徒がいた。自分のことだとは思わないほど声をかけてくれるのが久しぶりすぎて、ビックリした。
「君以外誰がいるの?……で、出したの?」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってね」
顔を見上げると、中性的な顔立ちで、女の子たちから美少年だと人気がある一ノ瀬 志摩というクラスメイトがいた。1人でいるのが好きらしく、いつも本を読んでいるイメージがある。
僕はガサガサと机の中を漁ってノートを見つけ出したが、その表紙を見てすぐに引っ込めた。
「あ……ごめん、後で自分で出す」
「高嶋、提出物遅れがちだから気を付けて」
「ご、…ごめ、ごめんね…」
「別に僕に謝る必要はないけど。今日中にちゃんと出すように。じゃ」
「……ありがとう!」
久しぶりにちゃんとした会話ができたのが嬉しくて、じわじわと目に涙が浮かんできた。ボロボロになったノートを見下ろすと、瞳からポタリと雫が落ちた。でもこれは悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙だ。
「今日は出せそうにないや…」
ポツリと呟いた言葉も、クラスメイトの声や雑音にかき消されて誰の耳にも届かず消えてしまう。
もうこんな日々には嫌気がさしていた。だけど、ほんの少しだけ希望の光が見えた気がした。
─…この時の俺はすごく狭い世界に生きていて、学校が全てだった。長い人生の中のたった3年間なのに、この場所が、この人達が俺の関わる全てだと思い込んでいた。
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