5509人が本棚に入れています
本棚に追加
「なつ…」
表情は近すぎて見えないが、名前を呼ばれた瞬間ガラリと雰囲気が変わったような気がした。ゴクリと唾を飲めば温かい吐息が俺の唇に伝わってきて、思わずブンっと踏ん反り返るとベッドに背中からダイブする羽目になった。
「俺だけでいいじゃん」
奏太は俺の顔の横に手をついて覆いかぶさるようにして俺を見下ろす。ミシッとベッドのスプリングが静かな部屋に響いて、妙な緊張感が襲ってきた。この体勢は色々とまずい。
「……みんなに言わなくても、俺だけ知ってればいいだろ」
「そういうわけには…」
「だめか?」
頭を傾げ仔犬のような瞳で見つめてくる。狙ってやっているのか自然とやっているのか、どちらにせよたちが悪い。
「うっ………だめ……」
「ふーん、そう。」
手の甲で口元を隠しながら顔ごと背けると冷たい返事がかえってきて、俺は視線だけ奏太に移した。すると無表情で俺を見下ろす奏太が瞳に映り、俺は驚きで言葉がでなかった。いつも眩いほどキラキラした目は濁り、歪んだ感情が垣間見えた気がして心が騒ついた。
″ 逃げないと ″
本能的にそう思った。だけどその瞳に見つめられてしまえば蛇に睨まれたカエルのようになにもできなくなる。
奏太は大切なものに触れるかのように俺の前髪をさらりと優しく撫でた。すると奏太との距離がどんどん縮まってきて、俺は手の甲を自分の唇に押さえつけながらギュッと目を瞑った。
すると額に柔らかくて温かい何かが触れ、しばらくしてゆっくりと離れていく。目蓋を開けると伏せ目がちな瞳と目が合った。途端にその目は細められ、悪戯げな表情に変わる。
「えっ…え……¥×+>*○%#〜〜!?」
やっとのことで状況を理解した俺は半パニック状態だ。額を両手で押さえ、声にならない悲鳴を上げると、そんな俺にお構いなしに奏太はベッドからおりる。
最初のコメントを投稿しよう!