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「じゃ、またあとでな」
「うん……」
来る途中は登校ギリギリの時間で人もまばらだったが、かなり視線を感じた。クラスに入るとなればそれ以上の好奇の目に晒されることとなる。
奏太と教室の前で分かれると途端に心細くなり、ドアの前に突っ立っていると頭に何かが降ってきた。
「いたっ…」
「おい、いつまで突っ立ってんだ?」
振り返るといつも通り仏頂面した矢野が立っていた。その手には出席簿を持っていてとても教師らしいが、角が俺の頭に当たっていることでその良さが軽減してしまっている。
俺の姿を見て眉をピクリと動かしたが、そこまで驚いている様子でもなかった。高校生がイメチェンしたぐらいに思っているのだろうか。
「おはよう、ございます…」
「…まじで今鳥肌立ってんだけど、見るか?」
矢野は俺の丁寧語を聞くなり不快感を表したような顔を見せ、自分の腕を摩った。俺も俺で矢野に対して敬語を使うのは初めてでなんだか気恥ずかしかったのだが、矢野の反応を見て一瞬で冷めてしまった。
「俺がバカだった…」
「それにしてもお前、やっと元に戻したのか」
「は?」
「まぁ俺としてはついこの間までのお前も嫌いじゃなかったけどな。懐かねぇ猫みたいでよ」
″元に戻した″とはどういうことなのだろう。俺の過去を知っているのは俺が把握している限りでは一ノ瀬と新さんだけだ。高校デビューした俺のことを矢野が知っているはずがない。
しかし矢野は俺の疑問を置いてけぼりにして話を進めていく。
「なんだよ、元に戻したって……なんか前の俺を知ってるみたいな言い方じゃんか」
「あー、知ってるぞ。まぁ俺もよく覚えていたもんだが、お前面接の時はそんな感じだったろ?」
面接とはこの高校を受ける時のことだろうか。そうだったとして、こんなにも風貌が変わっているのによく覚えていたものだ。だがそれだったら納得がいく。確かにあの時はまだ落ち着いていたし、そうしなければ試験に受からないと思っていたから。
「尊敬する矢野先生が俺のこと覚えてくれてて嬉しいやったぁ!って顔してるな」
「してないから!」
まだ体育祭の時のことを覚えていたのか!と一気に耳が熱くなって、矢野の胸板をグーで叩いた。意外と筋肉がちゃんとついていてビックリしたのは、言ったらまたからかわれてしまいそうだから秘密だ。
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