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矢野はずるい。
素っ気ないくせに、たまに見せるその優しさに赤子のように縋りたくなってしまう。俺が生徒だからっていうのはわかってるけど、その優しさに触れるたび全てを預けてしまってもいいと思ってしまうんだ。きっと天性の人たらしなのだろう。
「……ありがと。」
矢野の手の温もりを頭に感じながら隣の肩にコツンと額を預けると、その体は一瞬だけ揺らいで固まった。
矢野からしたら男の頭なんか鬱陶しいかもしれないが、面と向かって言えない俺の気持ちも察してほしい。
「矢野ってお母さんみたい」
「あ゛?」
ほんわかとしていた場の雰囲気が矢野の返事で一気に台無しになる。顔を上げて恐る恐る表情を見ると、やっぱり眉間にはシワが寄っていた。
「お前みたいな息子いらねぇよ」
「いいじゃん、矢野母さん」
意外とフリルのエプロンとか似合ったりして…なんて考えてればプッと吹き出して笑ってしまう。
「…お前の母親にはなりたくねぇ」
「はぁ?それどういう意味だよ」
「自分で考えろ、アホ。」
俺の可愛い額をピンッと指で弾いて、ちょっと不機嫌そうな顔は溜息をついた。
「アホって言ったほうがアホですぅ」
「ハッ、そういうところがお子ちゃまなんだよ」
「う゛……まぁクソガキですけども」
「わかってんじゃねぇか」
矢野はニヤリと笑うとそのまま立ち上がった。俺はそれを視線で追って、矢野の横顔を見上げる。
「ま、長くなっちまったが話はとりあえず以上だ。宗方は俺が送っていくから心配すんな」
お叱りを受けると思っていたから呆気なく感じたが、宗方のことて俺が不安げな表情をしていたのだろう。矢野は俺を安心させるように口角を上げ微笑んだ。不器用な笑顔だったけど、なぜかホッとした。
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