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「あっ!早乙女〜!」
その人が呼んだ自分の名前はスッと耳に入ってきて鼓膜を優しく揺らした。いつのまにやら俯いていた顔をパッと上げれば、笑顔で手を振る高嶋さんの姿があった。
高嶋さんの笑顔は心の中の凍った部分を溶かしてくれる陽だまりのような笑顔だ。今までネガティブなことを考えていたのが馬鹿らしくなる。
「すみません、お待たせしました。」
俺達は小走りで高嶋さんのところへ駆け寄った。
「いや、俺が楽しみで早く着きすぎちゃったんだ。」
眉を下げて照れ笑いする高嶋さんを見ていると、さっきまでシワが寄っていたはずの顔が緩み、心の奥からじわじわと温かい何かが込み上げる。
「あ、後ろの人はもしかして…隊員さん?」
「はい!3年の榊 叶羽です!」
「にっ、にねん、の…田島でひゅっ………よ、よろひ、よろしくお願いしましゅ……っ」
高嶋さんが手を後ろに組んでヒョコッと俺の後ろを覗くと、榊先輩は嬉しさを隠しきれない表情で挨拶し、田島は緊張して眼鏡のテンプルに触れながら固まっていた。田島はいつもクールぶっているイメージだが、憧れの高嶋さんを目の前に平常心を保つのが難しいようだ。
「えっと、知ってると思うけど、高嶋 夏輝です。榊先輩、田島くん、よろしくお願いします。」
高嶋さんも初対面の相手に緊張しているのか頰を人差し指でかきながら自己紹介をした。名前を呼ばれ感極まって叫びそうになる榊先輩に対し、田島は嬉しさのあまり無言のまま体をプルプル震わせていた。
「うひゃ〜生高嶋くんとお話できた〜!!しかも榊先輩だって!!嬉しすぎて俺、泣きそう。」
「えっ、ちょ…俺そんな有名人みたいな感じじゃないですよ!同じ学校だしいつでも会えますから、ね?」
両手で口元を押さえる榊先輩の顔を少し屈んで窺う高嶋さん。背中をポンポンと優しく撫でられ、榊先輩は天にも昇るような気分だろう。もしかしたら彼の命日は今日なのかもしれない。
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