夏輝くんの夏休み

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それから春歌は一目散に一ノ瀬のところへ行こうとした。しかし父さんがヒョイッと春歌を持ち上げて、俺と一ノ瀬は2人の後ろを歩いて行くことになった。父さんなりの気遣いなのかもしれない。 「夏輝はどうして浴衣着なかったの?」 「父さんには着て欲しいって言われたけど……一ノ瀬もいるし…」 チラリと横目で一ノ瀬を見ると、和装男子というか和装美人というのか…とにかく男の俺からしても綺麗で色っぽくて隣を歩くのが恥ずかしい程だ。高校生時代に父さんが大志さんに告白したのがよくわかる。 一ノ瀬の横顔を見つめ、視線を下ろしていけば吸いつきたくなるような首筋、綺麗な鎖骨、外見に至ってはどれ一つとして欠点が見つからない。 「ふぅん。僕は見たかったけど」 「……っ、どうせお前馬鹿にするし」 「しない。夏輝は絶対似合うよ」 至極当然とでも言うかのように平然と答える一ノ瀬に調子が狂って、俺は汗が滲んだ首を撫でる。時々嫌味なことを言ってくるけど、一ノ瀬の言葉には嘘がないから妙にスッと胸の内に入ってくる。 「一ノ瀬も…その、似合ってる……と思う」 「….知ってる」 一ノ瀬のくせに俺を褒めるようなこと言ってくるから、つい俺もポロッと普段言わないようなことを口走ってしまった。 なぜか顔を背けて返事をする一ノ瀬を見て俺は目を見開いた。 「……一ノ瀬、お前」 「しまくーん!はるかといっしょに金魚すくいしよ!」 「うん、いいよ。」 声を掛けた瞬間、春歌に呼ばれてしまった一ノ瀬は王子様スマイルを顔に貼り付け、俺の隣からいなくなった。 「知ってる」と言った一ノ瀬はいつも通り澄ました顔をしていた。けれどほんのり赤くした耳に触れる様子は照れ隠しをしているようにも見えて。 (なんだ、それ………) 俺は言いようのないむず痒い感覚に首を傾げた。
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