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「偶然ですね」
「そうだな」
「じゃあまた…」
特に何も聞いてこないことに安心して横を過ぎ去ろうとした瞬間、ガシッと肩を掴まれて俺の体は全身震え上がった。
「久しぶりに会ったのにそれだけか?」
「あっ、いや〜えっと……ほら、夕食の準備が…」
全然回らない頭でそんな言い訳をしていたら、頰をそっと包まれて口の端を親指の腹で拭われる。
「口の端に食べかすつけてる奴が、か?」
「うっ………」
「別に隠したいなら無理に聞かないが。」
不覚にもフルーツタルトを食べた時についてしまっていたらしく、とってくれたことは有り難いが、いちいち格好良いこの動作をどうにかしてほしい。少女漫画のヒロインにでもなっている気分だ。
ともかく、千鶴先輩はスイーツ作りが趣味だと知られたくないみたいだったから深掘りされずに済んで良かった。新さんを目の前に嘘をつける自信がない俺はホッと息を吐く。
「望月と随分打ち解けたみたいだな。」
「なっ…!知っててそんな意地悪したんですか!」
「いや、たまたま聞こえてきただけだ」
俺を揶揄うことに長けている新さんは時々こういった意地悪をしてくる。いつか仕返したいと思っているが、俺より何枚も上手な新さんに敵うはずがない。
「少しお茶しただけですよ」
「夏輝が望月と仲良くなるのは意外だな」
「まぁあの人悪い人ではないので。なんか面白いし……ふふっ」
「………」
千鶴先輩が真っ赤になって慌てる姿を思い出してまたもや自然に笑みが溢れる。ハッと我に返って新さんをみると、さっきまで微笑んでいた表情が強張っているように感じた。
(この顔はもしかして……)
「ヤキモチですか?」
これは俺が新さんを揶揄う絶好の機会なのではないかと内心ウキウキしながら問いかけてみた。
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