猫被りくんは甘え下手?

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「久しぶりに食べたけど、これ消毒になんのかな。」 なるはずがない、と心の中では思いながらもそう呟いた。今でも槙田の体温とかぬるりとした感触とか、息遣いを思い出してしまう。いくら唇を擦ったところであの記憶は消えないし、体感として残ってしまっている。 けれど嫌悪感より気持ち良さが勝ってしまったことが問題で、自分がどんどん男に耐性をつけていっているのが信じられない。 「怖かったな」 俺の方を向きソファの上に胡座をかいた凪が手を伸ばして、体を引き寄せてきた。俺の体は抵抗することなくポスンと凪の方に倒れこんで、凪の肩に顔を埋めた。背中をトン、トンとリズム良く撫でられ安心して、俺も凪の背中に手を回す。凪に対しては距離感がバグっている自覚はあって、なんだかんだで絆されてしまっている。 「凪がいなくなったら俺死ぬかも…精神的に」 「なんだそれ」 「精神安定剤みたいなとこある」 「大袈裟」 「大袈裟じゃないって」 「俺の方が……」 「俺の方が?」 「いや、何でもない」 凪が言いかけた言葉の続きを聞くことは叶わなくて、顔を上げると凪はジッと俺のことを覗いていた。蒼色の瞳がビー玉みたいに透き通っていて綺麗で、見惚れていると凪が少しだけ腰を上げた。 「は、」 「だから警戒心ないって言われんの」 チュッとリップ音を立てて俺の額から柔らかな唇が離れていく。 「………、これ…」 「上書き。これで槙田の忘れた?」 フルフルと首を横に振ると、唇が瞼に落ちてきて思わず目を瞑った。唇をゆっくり離すと俺の瞳をジッと見つめ、今度は頰へとキスを落とした。 「ぁ、え…?」 「忘れられるまでするよ」 「そんな、の……凪は嫌じゃないのか?」 「……夏輝は嫌?」 コクンと頷いた凪はさらさらの髪を靡かせるように首を傾げて聞いてきた。 嫌かと聞かれたら、嫌では……ない。不思議と落ち着くっていうか、どの人からされたキスとも違う変な安心感がある。だからと言ってこのまま続けるのもおかしな話な訳で。 落としていた視線を上げて凪を見つめると、まるで時間が止まったかのように静かで、でもその温もりだけは確かだった。
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