ヤクザ教師は隠したい

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矢野 千尋side 『何で逃げるんだよばーか』 誰かが夢の中で俺にそう言ってきた。それが誰なのかは考えずともわかるくらいにはその人物を避けていた自覚はある。それで罪悪感を抱いてるとはいえ、夢にまで登場してくるのは勘弁してほしい。 まだ意識がハッキリとしない微睡みの中、そんなことを考えていた。 「……っ」 ハッと目が覚め一番最初に視界に入ってきたものを見て、まだ自分は夢の中にいるのではと錯覚する。レンズ越しにその寝顔をまじまじ見つめながら、自分の頰を強めにつねった。 「夢じゃ、ないのか…」 ずっと避けていた相手とまさかこんな形で会ってしまうとはついていない。逃げ出したいと思う気持ちとは裏腹に嬉しいと感じている自分の心に鞭を打って体を起こした。 「……もうこんな時間か」 壁の上にある小さな窓の外は暗くなっていて、時計に目をやるともう18時半を過ぎていた。いつも少し開けておいている扉が完全に閉まっているのを見て色々と察した。 本来なら図書室の利用時間10分前になると退室を促す音楽が鳴り始め、寝落ちした時にはその音で起きる。しかし扉が閉まっていると僅かな音しか聞こえず、子守唄やオルゴールを聴いているようなものだ。 高嶋と2人きりになっている状況は危険だが、高嶋1人をここに残すわけにも行かず諦めてそのまま居座ることにした。 半ば開き直りながら、俺は机に肘をついて頭を支えて高嶋の寝顔を見下ろした。 「ん゛ん……」 「怒ってるみたいだな」 寝心地悪そうに眉間に皺を寄せ、唸る姿にふっと笑みが溢れる。 「……ごめんな」 生徒として見れなくなってしまって。 本当は、教師として導いていく立場でありたかった。成長する姿を近くで見守ってやりたかった。少し可愛げない時もあるが、慕ってくれるお前の良き理解者になりなかった。 けれど、今の俺では駄目だ。 見掛けたら声を掛けたくなる。話したら触れたくなる。笑っていたら頭を撫でて甘やかしたくなる。弱っている姿を見たら抱きしめたくなる。 お前が視界に入るたびそんなこと思ってしまう。贔屓目で見るだけならまだマシだった。けれど、この感情はその域をとっくに超えている。 こんな俺は教師失格だ。
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