ヤクザ教師は隠したい

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「一ノ瀬それ…」 「入らないの?」 俺の話を遮るようにバサッと傘を広げると、傘の中棒を肩に掛けこちらを振り返った。 別に一ノ瀬がここにしばらく居たということをどうしても知りたいという訳ではないので、それ以上は何も言わなかった。 「持つ」 俺は一ノ瀬の隣に立ち、傘を奪って一ノ瀬に傾けた。すると一ノ瀬は俺の顔を見て眉間に皺を寄せる。 「それだと夏輝が濡れるでしょ。もっと近付いて」 「どっちにしろこの大雨じゃお互い濡れるだろ」 そんな俺の言葉を無視して一ノ瀬は俺に近づいてきて、肩がコツンと当たる。俺はなぜか背筋がピンッと伸びて、左肩にだけ意識が集中する。 「……行くぞ」 「うん」 一ノ瀬よりほんの少しだけ背が高い俺は、一ノ瀬の歩幅に合わせて歩みを進める。雨が傘や地面を打つ音が聞こえるからか、一ノ瀬だからなのか、沈黙も気まずく感じない。 ─ ザアァアァアアァアアーッ 「走るか?」 さっきより雨が強くなってきて、俺が走るか問いかけると、一ノ瀬はこくりと頷いた。そこら中水溜まりで走ると靴に雨が侵入してくる。かと言って早く戻らないと傘が風に持って行かれてしまいそうだ。 「うっわぁ……びしょ濡れで気持ち悪い…」 寮に着いた俺たちは、頭は守れたものの制服や靴は水浸しで早くお風呂に入りたい状況だ。俺たちはエレベーターに乗り込んで、自分の階のボタンを押した。 ─ チーン 「…傘、ありがとう。また明日。」 俺の部屋の階にエレベーターが止まり扉が開く。 少し癪ではあるが、一ノ瀬に助けられたのは事実。お礼を言って出て行こうとすると、ツンッと服の裾を引っ張られて足を止める。 「うち、上がっていきなよ」 「え……、と…」 何で一ノ瀬が俺を引き止めるのかがわからなかった。お風呂だって部屋に一つしかないわけだし、こんな状況で部屋に行ったら、床とかも濡れちゃうわけで……。 しばらく考えを巡らせていると、扉がゆっくりと閉まってヴーンとエレベーターが上の階へと動き始めてしまった。
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