夏輝くんは選べない

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ゆっくり瞼を開けると、もう朝のようで部屋の中は太陽の光で薄ら明るい。目覚めが良く、いつもよりぐっすり眠れたような気がする。 見慣れた天井の筈なのに、布団の触り心地とか部屋の匂いとか何かが違った。すぅ…と隣から寝息が聞こえてきて横を見ると、綺麗な寝顔が視界に入る。 「へ……?」 パッと上体を起こし、状況を理解しようとして数回瞬きを繰り返す。美しすぎる寝顔を数秒見つめた俺は昨日の出来事を思い出してボッと顔が熱くなる。 「夢じゃなかった」 隣で眠る一ノ瀬を起こさないよう小さく呟きながら、恥ずかしさで布団を握る手に力がこもる。 「ん………おきたの?」 「ごめん、起こした?」 「ううん…ぼくもおきようとおもってたから……」 目を擦りながら起きる一ノ瀬は喋り方が子どもっぽくて少しだけ可愛げがある。 「制服はあそこにかけてあるから…。パジャマも適当に置いておいて」 一ノ瀬は瞼を重たそうにしながら布団から出ると、壁のフックに掛かっている制服を指差してそう言った。 「わかった……洗濯とか色々ありがとう。」 「ん」 俺がお礼を言うと、一ノ瀬はペタペタ歩いて寝室を出て行く。寝起きだからか昨日のことはあんまり覚えていないっぽくて、ほんのちょっと安心した。 制服に着替え、袖を鼻に近づけスンと匂いを嗅ぐといつもと違う柔軟剤の香りがする。高級感があって良い匂いなのだが、一ノ瀬に包まれているような気がしてなんだか落ち着かない。 「もう着替えたんだ」 寝室に戻ってきた一ノ瀬は顔を洗ったのか、さっきより目がぱっちりしていて、完全に目が覚めたようだ。 「うん、凪が起きる前に帰らないと。」 一ノ瀬は靴までも乾かしてくれたらしく、玄関でローファーを履いても、湿った嫌な感じがしなかった。
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