夏輝くんは選べない

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─ キィ…… 玄関の扉を少しだけ開いて左右の廊下に誰もいないことを確認する。まだ早い時間だからか人は居らず、ホッとしながら扉を開けた。 「じゃあ…お邪魔しました。」 「うん。また後で」 玄関まで見送りにきた一ノ瀬に再度お礼を言って、部屋を後にする。誰にも見つからないようにそそくさと廊下を歩き、エレベーターを使わずに階段を使って自分の部屋へと向かった。 ただ部屋に行くだけのはずが朝帰りになってしまった。″また後で″って言われるのは妙な気分で、ソワソワした気持ちを抑えながら足を速めた。 最近は一ノ瀬が俺の中でどういう立ち位置なのかがわからない。友だちって訳ではないし、知り合いってほど遠い存在でもない。嫌いが好きか聞かれても、返答に迷ってしまう。キスをした事もあるし、昨日なんかはあんなことまであって、一体俺たちのカンケイって何だろう。 学園で出会った当初は本当に嫌な奴で毎朝会うのも苦痛で仕方なかったけど、助けてくれる存在でもあって、その背景を知ったりとかすると嫌いになれないと言うか。時々嫌味なことを言ってくることもあるけど、自分のことに関しては少し無頓着だから放ってはおけなくて。 『志摩って呼んで』 『し、ま…』 またあの時のことがフラッシュバックしてきて、消えてしまいたくなる気持ちでいっぱいになり、階段を駆け降りる。 「う、わぁ………俺気持ち悪!」 やっと自分の部屋のドアが見えてきて、ホッとして歩いていると目の前で扉がゆっくりと開いた。そこは俺の隣の部屋、つまり奏太の部屋な訳で。 「なつ……?」 「お、お…おはよ。」 別にやましい気持ちがある訳でもないのに朝帰りが見つかり、いつも通りの表情ができず顔が引き攣ってしまった。
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