夏輝くんは選べない

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凪は基本的に朝は寝起きが悪くて俺が起こさないと起きないのに、今日はドアの音で起きたのだろうか。そんなことを考えていると凪は何も言わずにガチャンと扉を閉めた。不思議に思った俺は凪の部屋の前まで行ってトントンとノックをする。 「凪?」 「遅い。」 「ごめん、心配かけた」 「何回も連絡したのに。」 ドア越しに聞こえるその声はお菓子を買ってもらえなくて不貞腐れた子どものようで、今凪はどんな顔をしているのか気になった。 「ごめん、携帯見てなくて。これからはちゃんと連絡するから。」 「………なにしてたの」 「一ノ瀬の部屋にいつも通りご飯作りに行ってたら寝落ちして……」 「ふーん」 納得してくれたのか、それともそんなことには興味がないのか、凪の表情を見ないとよくわからない。 「凪?ドア開けてくれないか?」 「じゃあただいまのやつ、夏輝からして」 「えっ、いつものアレ?」 凪が言っているのはただいまのキスのことだろう。最近はそれがルーティンみたいになってきて慣れてしまっていたけど、俺からしたことは一回しかないからまだ恥ずかしさが勝る。 「はい」 「まだ心の準備がっ…」 扉を開けた凪は俺を見上げ、睫毛を伏せた。唇にする訳ではないけれど、顔面偏差値が高い凪のキス待ち顔を見下ろすだけで照れてしまう。 凪の左頰を右手で包み、目の下にできているクマを親指で撫でる。普段寝てばかりの凪がこんなものまで作って俺の帰りを待ってくれていたのだろうか。そう思うと(くすぐ)ったい気持ちになった。 「………遅い」 「わっ!?」 待ちくたびれたのか凪は目を開けて俺のネクタイをグッと引っ張って背伸びをした。すると唇の横に柔らかい感触がくっついて、チュッと音を立ててゆっくり離れていく。 少し強引なそのキスには驚きとドキドキを隠せず、瞬きを繰り返した。
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