夏輝くんは選べない

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「一ノ瀬様だ…!」 「今日も麗しい……」 一ノ瀬が教室に入ってくるとクラスが騒つくのはいつものこと。俺は視線を合わせないよう問題を解いているフリをしていたが、バレないように少しだけチラッと見ると、目が合って微笑を向けられた。 「一ノ瀬様が笑った!」 「美しい…」 一ノ瀬の一挙一動にクラスは翻弄されるが俺はそれどころじゃなくて、今すぐどこかへ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。あの含みのあるような笑みは俺を小馬鹿にしているに違いない。 「夏輝?」 「なんでもない。」 一ノ瀬を見て手を止めた俺の顔を覗きこんできた凪は俺の首に回している手で制服の裾をギュッと握った。 しばらくすると予鈴が鳴り、生徒たちはパタパタと自分の席に座る。凪も学校の決まりには逆らえないらしく、スッと俺から離れていった。 ─ ガラガラ 「おーっす。出欠とるぞ」 少し気怠そうに教室に入ってきたのは矢野で、教卓の前に立つと抑えきれず小さな欠伸を一つした。 欠伸をしたばかりで涙目の矢野とパッと視線が合うと、矢野は口角を上げて表情を緩めた。矢野はすぐクラス全体へと視線を移したが俺は久しぶりの感覚にドキッとする。いつも通り接してくれるのが嬉しくて、でもそれを顔に出したくはないから俯いた。 「──で、クラスでやる和装ホストクラブのことだが…」 文化祭も間近に迫り、俺たちは文化祭の準備に追われていた。何やら3年のクラスでもホストクラブをやるそうで、宗方曰く3年に対抗するには萌えポイントを追加しないといけないらしい。それで加えたポイントというのが和装な訳だ。 「浴衣もいいけど、甚平があってもいいかも」 「女装の人がいてもいいよね(欲望塗れの目)」 この学園は同性愛者が多いとはいえ、男達の集まりだ。寮生活で枯渇した心を癒してくれる女性(オアシス)を求めるノンケも少なくない。それを女装した男に求めるってのは間違いだが、なんせこの学園は女性に負けず劣らない美男子が多い。目の保養にするくらい目を瞑ろう。 ── ただし自分以外ならば、だ。
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