夏輝くんは選べない

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″女装″というワードが飛び出した途端、どんどん盛り上がっていき、様々な意見がクラスを飛び交った。 「はいはい!ドンペリ(高級お抹茶セット)頼んでくれた人の特典で登場するってのは?」 「シークレットのホストにしといて、その人を指名したら出てくるのも面白くない?」 「まぁ、誰がその女装役をやるかって話だよな」 自分の背中にバッと視線が集まるのを感じて、俺は小さく縮こまった。体育祭での醜態をまた晒すような真似はしたくないし、嫌な予感がする。 「いーーーやーーーだーーー!」 「宗方!良いのか、この有能な人材が埋もれたままで!!」 「夏輝くんはそのままでも女装でも美味しいしなぁ。なんならこの現状もすごく良い。」 自称ノンケたちは一致団結して机にしがみつく俺を引き剥がそうとしてくるが、俺も意地になって抵抗する。きっと体育祭での女装が原因だとは思うが、俺の他にも適任者は山ほどいる。 「女装なら一ノ瀬の方が綺麗な顔なんだから似合うだろ!」 「一ノ瀬は生徒会の運営もあるし、俺らは女の子の恥じらいが見たいんだ!一ノ瀬にはそれが足りない!」 「じゃあ倫太郎は!?可愛いし、化粧したらもっと可愛くなる!」 「僕は需要が…ねぇ?」 なぜか女装について力説する花澤くんを始めとするクラスメイト達。自分がこの輪の中にいて笑っているなんて、偽不良でいた1学期の頃には考えられない光景だ。 「それでも嫌だ!」 「チョコレートケーキ」 「…!!」 花澤くんの甘い言葉が俺を誘惑してきて、体がピシッと体の動きが止まる。 「イチゴロールケーキ」 「ぐっ………」 もう隠す必要もなくなり甘党だということも花澤くんは認知済みだ。こんなことなら言わなきゃ良かった。 「今日から進級するまでの間、昼休みにシェフ特製デザートを提供…」 「……………一回だけ。一回指名されたらもうやんないから」 花澤くんの悪魔の囁きに屈した俺は机に伏して呟いた。するとクラスから歓声が上がり、花澤くんを神のように讃え始める。 こんなの金持ちの暴力だ。 助けを求めるように矢野を涙目で見上げると、口パクで「ばーか」と言って、くつくつと笑った。教師のくせに助けてくれる気配は全くない。
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