夏輝くんは選べない

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「それで…さっきの返事はどうかな…」 千鶴先輩は髪を耳に掛けながら、少し期待を含んだ表情で聞いてきた。今返事をしても良いのだが、保留にしたら千鶴先輩はどんな反応をするだろうかとちょっとだけ好奇心が湧いた。 「今日俺を辱めた罰として返事はお預けです。」 「そんなっ…ぐっ………さっきの自分が憎い…でも高嶋くんにお預け食らっちゃうのも悪くはない」 ジトリと少し睨むと千鶴先輩は頭を抱えながら悶えていて、この人は実はM気質なのでは?と少し引いた。 「もう授業も始まるから行きましょう」 「うん。」 千鶴先輩は名残惜しそうにゆっくりと歩き出す。なんとなく俺も千鶴先輩の歩幅に合わせて足を進めていると、視線を感じて隣を見る。 「高嶋くん、ありがとう。」  「んぇ?」  肩を並べて階段を降りている途中、千鶴先輩はやわらかな微笑みを浮かべ言った。何のお礼をされているかわからなくて首を傾げると、目を細めて優しい眼差しを送ってくる。 「あの場から逃げてきたのは俺のためでしょ?」 「違いますよ。本当に恥ずかしかったから…」 「あの場で断られて1番恥ずかしい思いをするのは俺だし、俺があの時色々言われてたからでしょ?」 「…………。」 恥ずかしいっていうのもあったけど、それ以上に自分の知っている人が好奇の目に晒されているのが嫌だったというのも本当だ。でもそんなのは俺のエゴであって、お礼を言われる程のことはしていない。 「君のそういうところ、本当に素敵だと思うよ」  俺が反論する間もなく追い討ちをかけるように褒め言葉を口にする。俺はパッと顔を伏せ、タンタンタンッと足を速めて階段を降りる。 倫太郎の時もそうだったけど、千鶴先輩は洞察力がすごい。普通の人が気付けない思いや行動の意味がわかってしまう。 ″顔や家柄が良いだけで周りが寄ってくる″ それがわかっていたから、千鶴先輩のことを知らなくて、お金目当てでも顔目当てでもない俺に興味が湧いたのだろうか。人の思いが手に取るようにわかるから、自分の思いは気付かれないように嘘の笑みを貼り付けていたのかもしれない。 これは全部俺の勝手な憶測だけど。
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