夏輝くんは選べない

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「んっ………」 ふにっとした柔らかい感触が唇に優しく触れて、少し名残惜しそうに離れていく。凪がコツンと額を合わせてきて、鼻がくっついて少し擽ったい。凪の顔を窺うように視線を合わせると、曇りのない瞳で俺の目を見つめてきた。 キスされるんだろうなと何となく感じていたけど、抵抗しようとする考えもなくて半分身を委ねてしまった。凪に対しては距離感がバグってしまっている自覚はあったけど、ここまでとは自分でも驚いた。 目を合わせているのが恥ずかしくてまつ毛を伏せると、さっきまでくっついていた唇が小さく開いた。 「夏輝がほしい。」 言葉の意味を確かめるように再び目線を合わせるが、凪のその表情からは何を考えているのかよくわからない。 「だから俺を好きになって」 そう言うと凪は自分の頭を俺の肩に預ける。 こんな大事な台詞を言っているというのに顔を隠すなんてズルい。俺だって恥ずかしいし、困るし、でも嬉しいような……すごい複雑な気持ちでどんな顔をしたらいいかわからないのに。 凪は俺のことが好きってこと……? 今考えれば思い当たる節がいくつかあったかもしれない。けど、それに気付くことができないくらい俺は恋愛初心者なのだ。 「えっと、俺は…恋愛の好きとかそういうの、男に対してはまだわかんなくて……」 恋愛は唐突に始まるから苦手分野だ。勉強みたいに予習とか復習があったなら努力で何とかなるけど、恋愛について話を聞いたところでその経験がないと共感できないし、好きになろうと思ってなれるような簡単なものでもない。 「答えを出すのに時間がかかる……と思う。だから今は……」 ″凪の気持ちには応えられない″ そう言うのがベストだったけれど、その先の言葉が思うように声に出ない。断った時の反応を見るのが怖くて、でもすぐに気持ちは変えられないし、どうしたらいいかわからなくなる。   「キスは?」 「え?」 凪はいつのまにか顔を上げていて、あっけらかんとした顔で俺を覗き込んでいた。 「俺とキスしたの、嫌じゃなかった?」 「あ……うん。」 あまりにも自然に聞いてくるものだから素直に答えてしまった。ワンテンポ遅れて恥ずかしさがやってきて、顔から火が出るくらい熱くなった。
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