夏輝くんは選べない

27/30
前へ
/565ページ
次へ
「………」 「こっち出てきそうな感じする」 「………っ、………」 「わっ、やっぱ出てきた!ここは武器変えて…」 驚いても声が出ないよう口をぎゅっと結んで、カチカチとコントローラーを操作することに専念する。この暗い部屋の感じと不気味なBGM、そしてキャラクターの心臓の音が俺の怖がりを助長していて、気を張っていないとどうにかなってしまいそうだ。 「ちょっと喉乾いたから飲み物…」 ポーズボタンを押して立ち上がる奏太の腕を掴んで奏太をソファに引き戻すと、俺と奏太の間にほんの少しだけ距離ができてしまった。その隙間を埋めるように奏太に近づいてくっつくと、ちょっと安心する。 「どうした?やっぱりホラー苦手なんじゃ…」 「違う…違くて……」 ─ バタンッ タイミング良いのか悪いのかどこかで物音がして、俺は思わず奏太を押し倒すように抱き着いた。奏太の胸板に顔を埋め、抱き締める手にギュウッと力を込めると奏太の手が背中に回ってきて、怖さを和らげるように優しく抱き締めてくれた。 「あれ、部屋真っ暗。ホラゲーやってんのか」 奏太の同室者である木下くんの声がして、さっきの物音は玄関の扉の音だと分かり、ホッとして心臓の動きが少し鎮まる。 起きあがろうとすると奏太の手に腰と後頭部を引き寄せられ、呆気なく奏太の胸にダイブした。 「奏太〜?」 足音がトントンと近づいてきて、さっきとは違う意味で鼓動が速くなっていく。こんなところ見られてしまったら、絶対に誤解されてしまう。 「今ゲームしてる。」 「おー、おもろい?」 「まぁまぁ。それよりどうした?」 「ちょっと忘れ物〜」 いつこの体勢がバレてもおかしくないのに、奏太は俺を腕の中に収めながら木下くんと会話をしている。平然としているように聞こえるが、奏太の胸に顔を埋めている俺は奏太の心臓の音が直に感じられて、こっちまでそのドキドキが感染る。 これは奏太と密着しているからなのか、それともバレてしまうかもしれない緊張から来るものなのか、どちらなのか分からない。
/565ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5517人が本棚に入れています
本棚に追加