魔王と呼ばれた男

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◆ 深く暗く先の見えない闇。 あらゆる光を飲み込まんとする漆黒の闇。 私はこの闇に囲まれ、闇を好み、そして闇と生きてきた。 光など不要。 光を欲すれば離れて行き、光を信じれば裏切られる。 そんな想いとは裏腹に、また今日も私の1日は光から始まる。 しかし、今日はやけに眩しい。 目を瞑っていてもこの明るさは異常だ。 あり得ないが、もしや私は寝る場所を間違えたのか。 そして胸が苦しい。 この私を物理的にここまで苦しめるとは、得体の知れない病かなにかだろうか。 そんな事を考えながら、ゆっくりと開いた私の目に最初に飛び込んできたのは…… 犬の顔だった。 「……なんだ貴様は」 数十㎝の距離で犬と目が合う。 舌を少し出しながら、ハァハァと短い呼吸をしている。 さっと見たところ、頭から鼻先にかけて白い毛でできた2㎝幅程のラインが入っているが、他は薄茶色の毛色で覆われているようだ。 その(いぬ)が私の胸の上にしっかりと、そしてご丁寧にお座りをして乗っかっている。 つまり、この犬公のせいで私は苦しい思いをしているということか。 動物の分際で私を…… ふっ、なかなかやりよる。 なんだ、私を食おうとでもいうのか犬公。 そもそも、私の城に犬などいないはずだが…… ーーー ガバッ!! その考えに至った時、私は反射的に身を起こした。 キャンッと短い悲鳴をあげ、私の胸から飛びのく犬公。 見たことのない木の壁、木の天井、部屋の間取り…… 私の周りを囲んでいる景色は、全て自分の記憶にはないものだった。 それに犬など、今の魔界側には存在しない動物。 いたところで、魔物達の餌になるのがおちだろう。 人間界で人間共が連れ立って歩いているのを何度か目にしたくらいだ。 主人に対して非常に従順であるというくらいの知識しか私も持ち合わせていない。 ……そうなると、一体どこだここは。 私を拉致できるような者など、この世界にいないであろう。 となれば、自らこの場所で就寝したのか。 昨日の記憶を辿る。 辿る……辿る…… 辿るのだが、辿り着けない。 否。正確には昨日の記憶を一切思い出せない。 まるで、昨日の記憶だけがすっぽりと闇に飲み込まれてしまったかのように。 ふん、馬鹿馬鹿しい。 何を考えているのだ私は。 そんな事があるはずがない。 そんな魔法もスキルも聞いたことがない。 いや、それともやはりこういった類の病なのであろうか。 いや、それこそ馬鹿馬鹿しい。 私はそんな軟弱な体ではない。 そもそも記憶が消えるという病など、耳にしたこともない。 ではこの状況は一体なんなのだ。 部屋全体を目で舐め回すように改めて確認する。
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