a way of their life

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 大きな溜息。満面の笑みが浮かんでいる。ああ、そうだった。こいつはこういう男だったな、と私はこの期に及んで改めて思い知る。手には数か月前に目をつけていた少々値の張るワインのボトル。サプライズの仕掛け人は安楽椅子に腰かけて、期待いっぱいの表情で私を見ている。 「ね、やっぱり。君が欲しがっていたんでしょ、それ。やったね!」 小さくガッツポーズした夫を尻目に私は戸棚にボトルをしまった。彼は私の表情が暗いのを感じ取ったのか、心配そうに問いかける。 「え? あれ、もしかして、違った?」 「いや、そうじゃないの。これ、どこで買ったの?」 「ロンドンだよ。電車に乗って。いやーハロッズ行ったのは久しぶりだったね」 「怪我はないの?」 「あぁ! もちろん! これくらいなら何ともないよ」  屈託のない笑みでそう言ったセルウィンの左足が僅かに膨れているのを、私は見逃さなかった。きっと自分で手当したのだろう。傍らにはいつも持っている杖。訝しげな眼差しを受けつつも、彼ははっきりと言った。 「………心配してくれるのは嬉しいけど、大事な結婚記念日だから、ちゃんと僕の手で買って、君に渡したかった」  真剣なその目を見て、私は小さく溜息をつく。わかってるわよ。でも気をつけなさい。そういって彼の左足を指差した。気まずそうに大丈夫、ちょっと切れちゃっただけ。大事はないはずだよ、そう彼は呟く。申し訳なさそうに潜められた眉の周りには、深い皺が幾筋も刻まれる。口髭と顎髭も、触っている髪も真っ白だ。何回目の記念日だったか。2人とも随分年を取った。ともかく無理はしないこと、いいわね、と私が言えば彼は人懐っこい笑みで頷いた。
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