二 御家の事情

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二 御家の事情

 江戸で松平定信が「寛政の改革」をはじめたのは 「武士が武士らしくなくなったことが、嘆かわしいためである」  という。  質素倹約、質実剛健、文武両道、といった堅苦しさで人々を鋳型にはめることで、旧来からの武家政権の権威を取り戻そうという考えなのである。  奥州仙台藩でもそのあおりを受けて、武をみがくことが奨励された。  新年の松が取れたころには「御前試合」が行われる。  八代藩主、伊達斉村(なりむら)がご覧になる試合で、日ごろ鍛錬している太刀の技や槍、なぎなたの腕を披露できるのは、藩士たちにとって光栄の至りなのだ。  特に武家の家督を継げない次男三男となれば、自分を売り込む格好の場なのである。  御前試合で高位の成績をおさめれば、娘しかいない御家から婿入りの口がかかる。他家へ婿入りし、武士として立身することができるのである。  そうでなければ、実家の「厄介者」として一生を棒にふる。飼い殺しの運命しかない。  自然、新年の御前試合には気合が入るものだった。
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