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気がつくと、僕は菊竹家の門前まで来ていた。街灯も無く、暗闇の中佇む空き家は、陽の下で見る以上に不気味なヴェールを纏っている。
「う、さぶっ」
四月に入ったというのに、それでも夜は粘り強く冬の風が居座っていた。冷えた指先で、パーカーのジッパーを首元まで上げる。
(家の中に明かりがついていないけど、垣岩、いないのかな)
暗闇に慣れた目が、駐車場に停まる今朝見かけたクラシックカーを捉えた。
(そう言えばこの車、見覚えがあるな)
確か、彼女の父親も似た様な車に乗っていた事を思い出す。こんな田舎町で、お洒落な車に乗っている人などいなかったので、少年の僕には充分な刺激だった。好奇心のあまり、時々見つからない様にこっそり中を覗いたりもしていた。
(本当は乗せて貰いたかったけど、垣岩の父親は彼女以上に近寄り難い存在だったからな)
彼女の父親は、長身痩躯の都会的で神経質そうな人だった。藤次のおじさんもおばさんも恰幅がよく、柔和な人達だったので、いくら遠い親戚だと言われても、子供心にピンとこなかった。
「そう言えば、垣岩はあの後どこに行ったんだろう」
藤次が神隠しにあった二週間後、彼の祖母が家で首を吊った。垣岩と父親は、彼の祖母の葬式を済ませ、数日間ここに住んでいたが、暫くすると姿を消してしまった。垣岩は、藤次が行方不明になったのとほぼ同時期から学校を休んでおり、引っ越の件は、担任の先生から聞かされて知っただけだった。
最後に垣岩を見たのは、いつも通り教室で一人、席に座って静かに読書をしている姿だったと思う。長い髪を一つに束ね、父親同様華奢な体つきをしていた彼女。俯き加減で見せるびっしりと生え揃った睫毛は、子供心に女子らしさ、今敢えて言うなら色気を感じていた。
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