人が帰る場所

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 何故今更、子供の頃の記憶に違和感を感じてしまったのだろう。  失踪した同級生の事など、思い出さなければ良かったのに──。  全ては、彼女がこの町に帰って来た事から始まる。  コンビニまで車で15分。今話題の映画も、甘酸っぱい香りを漂わせるフルーツが飾られたパンケーキの店も、僕の町には存在しない。透明で、常に人間達を俯瞰するこの空と、人々の暮らしとは無関係に自生する草花だけが存在意義を持つ、そんな場所で僕は、生まれてから24年間ずっと暮らしている。   この町で僕が吸収出来るのは、澄みきって時折鋭利さを感じる空気と、森厳たる山によって此れ見よがしに浄化された湧き水くらいだ。  以前、友人が東京の大学へ進学した際、引っ越しの手伝いで上京した事がある。その時飲んだ水道水に、あまりにも違和感を覚え、衝撃を受けた。東京の水は、口に含んだ瞬間、化学室を彷彿とさせる匂いがしたのだ。水とは自然の産物であるが、あれは、完全に人工的に作られた新たな創造物だった。都会への憧れを持つ僕にとってそれは喜ばしい発見だったが、友人の鬱々とした表情がとても印象的だった。 「不味い……地元がもう恋しくなったよ」   彼は深い溜息を吐く。 「何で? ここでは人間が優位って事だぞ。羨ましいよ、うちも大学に行かせて貰えたらな。ここなら何でも出来そうな気がする」 「お前は能天気だな、渡辺。人間ってさ、人工的なものだけを摂取していると、病気になるんだぜ」 「ふーん? そうなのかな?」  人間も自然の一部なのだと人は言う。だが、それは大きな誤解だと僕は思う。  何故なら、自然は僕達人間を同じ仲間として受け入れてなんていないから。  長年過ごしていても、互いに受け入れる事なく、しかし腰が重い僕は離れるという判断には至らず。確実に建物などは老朽化しているにも関わらず『変わらぬ風景』という言葉が付き纏うこの町に住み続けている。きっと、一生ここに留まり、ようやく死をもってこの地と和解し、土となり融合する事で、受け入れ合う事が出来るのだろう。  そんな風にずっと思っていた。しかし、変化というものは、何の前触れもなく綿々と繰り返される日々を容易く断ち切ってしまう。  
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