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あれは、僕が小学四年生の時。ゴールデンウィークまであと二日、皆がちょっとした軽躁状態になっていた頃。垣岩は、転校生という名目で担任の先生に連れて来られた。その時、転校生などという存在をすんなり受け入れたクラスメイトは多分誰もいなかったと思う。それくらい、この町に新しい事、つまり変化が起きるのは異質だった。 だから僕は、先生の隣で姿勢正しく立つ、都会的で大人びた彼女を見た瞬間、珍奇なものを見る様な目つきになっていた。それに関しては、僕だけでなくクラスメイト達も同様だった。
「垣岩 萌絵です、よろしくお願いします」
小さいながらもよく通る滑舌の良い声とは裏腹に、彼女の顔には溌剌さを一切感じなかった。無表情で、どこと無く陰鬱な空気を漂わせる少女。その異質さを敏感に感じ取った女子達が、コソコソと何やら話していた。
「垣岩は菊竹の遠い親戚だそうだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
一斉に藤次に視線が集まる。彼は気まずそうに俯いて、黙っているだけだった。 それで、二人の関係が良好では無い事がすぐに分かった。
休み時間、クラスのリーダー的存在である女子グループが、早速物珍しげに垣岩の席へ集まっていた。
「ねぇ、垣岩さんって藤次君の親戚なの」
「そうよ」
好奇の目で見下ろす女子達に、垣岩は席に座ったまま冷静に答える。
「何でこんな時期に転校してきたの?」
「父の仕事の都合で」
「お父さんって何の仕事をしているの?」
「花屋さん」
「えー、花屋さんなのに転勤って変じゃ無い」
「変と言われても……事実だし」
何一つ憶する様子もなく淡々と垣岩は答える。それが女子達には面白くなかったらしい。段々と声に棘が出てくる。
「こんな田舎で花なんて買う人いないわよ」
ねー、と女子達は気持ちが悪い程の一体感で頷いた。
「……そうかもね」
垣岩もそれだけ言ってすっかり黙ってしまった。クラス内が、沈黙と窒息しそうなまでに不穏な空気で押し潰されそうになる。
「お、おい、藤次。親戚なんだろ、助けてやれよ」
見兼ねた学級委員の西野君が、藤次に女子達の鎹役を頼むも、彼は心底面倒臭そうなため息を吐くだけでそっぽを向いてしまった。
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