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目が覚めた時、1番に視界に飛び込んできたのは今にも泣き出しそうな顔をした店長だった。
まだ思考回路がはっきりしてない頭でも、店長の姿だけは認識できた。
「店…長…。」
無意識に漏れ出た声に、視界に映る顔がぴくりと反応する。
そして、その表情は徐々に柔らかい安堵の笑顔に変わっていく。
その顔を見ていたら、段々と私の身体についさっきまでの状況が流れ込んできた。
ーー私…具合が悪くて倒れたんだ…。ーー
ふと、自分の身体が柔らかい感触に包まれてるのに気づく。それがベッドで、今いるのが自室だと理解するのに時間はかからなかった。
この人が運んでくれたのだろうか。そんなことを思いながら、眠っている間に見た夢の内容を思い出す。
懐かしくも苦しく辛かった頃の記憶を。忘れたくて封印していたはずなのに。
いや、そんなことはどうでもいい。何で…この人が側にいるの?
意識が途切れる直前の出来事もよく覚えてる。私は店長に、感情を全て吐き出してしまった。
あんな八つ当たりみたいな言動を聞いたら、普通の人は、ましてや、妻子持ちなら間違いなくめんどくさくなって逃げるだろう。
例え目の前の女性が倒れても。男とはそういう無責任な生き物じゃないか。
なのにどうして…
「だ、大丈夫かい?何か飲む?慌て買ってきたから藤塚さんが必要なものがあるか分からないけど…」
目線だけ横に移すと、スーパーの袋が置いてあった。無造作に商品が詰め込まれていて、店長の慌て具合がよく伝わってくる。
「…いえ。大丈夫です。ありがとう…ございます。」
「はあー…。良かった…。いきなり倒れたからどうしようかと…焦って救急車呼ぶことも頭になくてさ。」
いい大人が、そんなことあるのだろうか。いや、この人ならあり得るか。
自分で出た疑問に自分で終止符を打つ。
「えっ…と…その…」
「………」
そして、気まずい沈黙が流れる。とりあえず介抱はしたけどその後の事は考えていなかったのだろう。
さすがの私も、あんなことがあった後では何を言っていいか分からない。
ただ、真っ白な天井を眺めることしかできなかった。
もしかしたらこのまま何も言わなかったら店長はずっと私の側にいてくれるのかなと考えた。
だけど、それではダメなんだと思った。
この人の優しさを再認識した今、側にいてくれるだけは嫌なんだ。
前に進むためには、ちゃんと話さなければいけない。一方的に感情をぶつけるのではなくて。
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