どうして貴方なんだろう

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誰か,なんて確認しなくてもわかる。 苛立ちが混ざった声色はあの女しかいない。 今日は朝から家にいなかったのにどうしてこのタイミングで現れるのだろうか。 「……は?」 母親の目の抜けた声を聞、上体を起こして周囲を見渡す。 しばらくの沈黙と、お互い固まっている店長と母親。 どちらも、状況が飲み込めていない表情だ。 店長は、目の前にいるのが私の母親だというのは気づいているとは思うが、困惑の色が浮かんでいる。 それは、この状態をどう説明すればいいのか悩んでいるからだろう。 これが、ただの上司と部下で、具合が悪くなった部下を自宅まで送り届けただけ…ならすんなりと言葉が出てきたはずだ。 しかし、それだけというにはあまりにも色々ありすぎた。 ましてや、正直者の店長は全てを話そうとするが、うまくまとまらないのだろう。 対して母親の困惑はそう長くなかった。初めは誰この男…と眉間にシワを寄せたが、やがて眉をみるみるつり上げ、最初に声を荒げた。 「あんたっ…まさか家で援交したんじゃ…!!」 予想外の返答。ベッドで知らないおじさんと二人きりならそう考えられなくもない。 「い、いえ!!違います誤解です!」 私より先に、店長が慌て立ち上がって否定した。 その言葉で、母親は表情を元に戻す。しかし視線は鋭いままだ。 微妙な距離感のまま向き合う二人。私には、何か発言する元気は残っていなかった。 代わりに、店長が頭を下げて声を発する。 「す、すいません勝手に上がり込んでしまい…。私、藤塚さんが働くスーパの店長で、代田といいます。お母様…でよろしいでしょうか?」 緊張気味に震え声で話す店長を横目で見る。 私と母親の関係を少し話したからだろうか。顔が少し強張っていた。 こんな女に頭なんか下げなくていいのに。 「……そうだけど、何なのよ、この状況は…。」 母親は、自己紹介もせずに不満げに私と店長を見比べる。 その目には、心配する様子は微塵も感じられなかった。 ただ、自分の領域を邪魔された苛立ちの色しかなかった。
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