6/15
前へ
/389ページ
次へ
 桜庭くんの容姿も発言も、噂と違わない。初めて間近に見た桜庭くんは、確かに凄く整った顔立ちをしていた。そして、桜庭くんの発する言葉は、私には理解できない考え方だった。  私が桜庭くんの横をすり抜けて、階段を登ろうとしたら腕を掴まれた。 「まだ、行かない方が良いんじゃない? 」  桜庭くんは、わざわざ私の耳元に唇を寄せて続きを囁く。 「まだキス、してるかもよ? 武田と彼女」  それは、呪い言葉のように私の心を凍らせて、足を床へ縫い付けた。  見間違いじゃ、なかったんだ。  自分が見たものを否応なく再確認させられて、私はまた眼が熱くなるを感じた。 「ねぇ、とわ。忘れさせてあげるよ」  名前を呼ばれたことと、ふいに優しくなった口調に顔を上げた私の唇に、何かが触れる。  瞬きした私の視界いっぱいに広がるのは、目を伏せた桜庭くんの目元。唇に触れている何かの感覚が離れて行くのとほぼ同時にゆっくりと目を開けた桜庭くんは、私を見つめて微かに目を細めて笑う。
/389ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2750人が本棚に入れています
本棚に追加