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私の家はとても古く、ドアを開けるとギギギと3度音を鳴らすのが定番だった。
この調子でいくと、さらに音を立てていくことになるのだろう。
返事がないのを分かってて、「ただいま」と声をかける。
靴を脱いで、細い居間までの廊下を歩く。さらに扉を開けると母親の姿があった。
居間では真ん中に木の家族用テーブルがあり、いつも通り一番遠い向かいの角で彼女は
突っ伏してうなだれていた。
どうかそのまま顔を上げないでくれと念を送りつつ、起こさないよう足音を立てずに
奥の自分の部屋に向かおうとする。
この瞬間が一番緊張するのだ。自分の部屋に入りさえすればあとは比較的平穏に過ごせる。
こういう時は急ぎたくなるが、ゆっくりと慎重にあるいたほうが起きにくい。
はやる気を抑えつつ、たった数メートルの距離をゆっくり歩く。
あともう少し。
部屋へのふすまに手をかけたところで、私の願いが打ち砕かれた。
「ああ、帰ってきたの?」
気配を感じたのであろう、彼女はゆらりと顔をあげた。
その顔は、ストレスのせいかますます精気をなくしており、さながらゾンビのようである。
そんな顔すら見るのが嫌になってしまった私は、ふすまに視線を戻しつつ早口で
「うん、今帰った」
と言って再びふすまに手をかけようとした
すると彼女は
「帰ってこなくていいのに」
と聞こえるか、聞こえないかの声でつぶやいた。
私は無視してふすまを開けた。
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