03.***思惑***

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 最近は女難の相とやらで動き回っていたが、怨まれるほど大きな失態はなかった筈だ。強いて言えば藤姫の想い人であった、大臣の婿殿が上げられるが……彼に関する記憶は人々から消えた。それが『咎持(とがも)ち』への罰のひとつでもある。  己が関わったすべての記憶と記録が削除され、存在自体を世界に否定される――ならば、彼に関わる人間による復讐はあり得ない。神々の盟約による咎持ちへの罰に、片手落ちは考えられなかった。  この騒動で利益があるのは誰か。  陥れたいのは真桜個人か、陰陽寮全体なのか。  考え込んだ真桜の筆から墨が垂れる。ぽたりと墨が広がる紙をにらみ、真桜は大きく溜め息をついた。 「真桜、『息は域』ぞ」  穢すな、アカリの厳しい言葉に肩をすくめる。こういう人間のどろどろした争いは神族に理解できない。彼らにとって邪魔な存在を排除する方法は直接的であり、回りくどい方法は必要なかった。そのため、精神は子供のように澄んでいるのだ。 「悪い」  美人の黒髪を撫でてから、墨を吸った紙を丸めて捨てる。新しい紙に顛末をつづりながら、真桜は気持ちを切り替えた。ここで悩んでも、相手の出方がわからないうちは意味がないのだ。 「これを書き終えたら帰るか」 「そうしろ、酒を持って顔をだす」  北斗の提案に、それもいいかと笑う。 「そうだな、久しぶりに飲むか」  くさくさする気分は飲んで忘れろ。友人の気遣いに、真桜は素直に乗った。
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