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序曲
幸せそうな人々の話し声。行き交う足音。セールを知らせる店員の威勢のいい声。
……そして頼りない、ピアノの音。
色々な音が洪水の様に満ち溢れているショッピングモールの雑踏の中。私は一人足を止めた。どこからか聞こえてきた音が私の足を止めさせた。
突然、秩序のない魚の群れの中に現れた障害物のような私の脇を、ちらと迷惑そうな視線を向けた青年が身体を傾けて避けていく。一秒後にはするりと去っていく背中。遠ざかる細身の彼にとって、私の存在など既に忘却の彼方だろう。あっという間に見えなくなった彼の代わりに、今度は真向かいから家族連れが現れる。リードする幼子は今にも走り出しそうな様子で、その勢いを手を繋いでいるだけではコントロールしきれずに振り回されている幸せそうな両親の姿。手を繋いでいる彼らは私の目の前に現れた大波のようであった。
しかし、彼らは青年とは違って私の存在などそもそも認識していないかの如く、いや静物としか見ていないかの如く、自然と二手に分かれては会話を続けながら横をすれ違っていった。
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