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変わらずの笑顔。しかし言葉はなく、硝子の境界越しに見える瞳は、先ほどよりどこか冷え冷えとしているように、見える。
本能が告げている。
これは、やばい、と。
怖い、と。
心臓が、悲鳴をあげる。
体中の筋肉が萎縮して、思わず椅子に座ったまま、引き腰になってしまった。
「ほう、気付いたか。どうやら話に聞いた通り、馬鹿ではないらしい」
くつくつと喉の奥で笑うような、不敵な笑み。上がった口角は先ほどのような無垢な笑みではなく、どこか嘲笑が混ざっているようにも見えた。
―――この笑い方を、紅は知っている。
この何ヶ月かで、何度も見てきた。
〝無彩〟の陰陽師こと、華維薫曰く。
〝陰陽師なら、笑え。相手に焦りを気取られるな。苦しい時こそ、不敵に笑え〟
とのことらしい。咲羅も同じ笑い方をする、きっとこの人も―――薫が口にした戦い方を、戦闘時における心理戦の戦い方を、知っている。
かといってこの状況下で笑い返すことなど紅には出来ず、思わず眉を顰めてわずかに上半身を屈め右肩を前に出し、構えてしまう。
いつでも、動けるように、と。
その様子を見て、男は嗤う。
楽しそうに。
新しい玩具を見つけた子供のように。
不敵に。不遜に。傲岸に。
ただ嗤う。
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