思っていたよりも。

15/21
前へ
/34ページ
次へ
 変わらずの笑顔。しかし言葉はなく、硝子の境界越しに見える瞳は、先ほどよりどこか冷え冷えとしているように、見える。  本能が告げている。  これは、やばい、と。  怖い、と。  心臓が、悲鳴をあげる。  体中の筋肉が萎縮して、思わず椅子に座ったまま、引き腰になってしまった。  「ほう、気付いたか。どうやら話に聞いた通り、馬鹿ではないらしい」  くつくつと喉の奥で笑うような、不敵な笑み。上がった口角は先ほどのような無垢な笑みではなく、どこか嘲笑が混ざっているようにも見えた。  ―――この笑い方を、紅は知っている。  この何ヶ月かで、何度も見てきた。  〝無彩〟の陰陽師こと、華維薫曰く。  〝陰陽師なら、笑え。相手に焦りを気取られるな。苦しい時こそ、不敵に笑え〟  とのことらしい。咲羅も同じ笑い方をする、きっとこの人も―――薫が口にした戦い方を、戦闘時における心理戦の戦い方を、知っている。  かといってこの状況下で笑い返すことなど紅には出来ず、思わず眉を顰めてわずかに上半身を屈め右肩を前に出し、構えてしまう。  いつでも、動けるように、と。  その様子を見て、男は嗤う。  楽しそうに。  新しい玩具を見つけた子供のように。  不敵に。不遜に。傲岸に。  ただ嗤う。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加